「ともちゃん(私のこと)、何か自分の好きなこと、楽しいと思えることしてる?」
鏡の前の椅子に座るなりいきなり聞かれた。
美容師の姉に、これから髪をカットしてもらうというシチュエーションでのこと。
ははーん、また何か新しいことをはじめたな。
これまでも、
日本舞踊
観葉植物
山登り
DIY
なんとかダイエット
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色々記憶にあるぞ。
聞けば『車中泊』をはじめたという。
駐車場やトイレ、入浴施設などがある道の駅やオートキャンプ場が普及したこともあり、手軽なアウトドアとして『車中泊』が人気らしい。
子どもたちが独立し時間に余裕が持てるようになり、あれこれYouTubeを見ていたところ、車中泊を楽しむ動画にはまり自分もやってみようと思い立ったという。
カーテンを付けた愛車で相棒の愛猫を連れて出かける。
道の駅などで地元の美味しいものを調達し、車の中でコーヒーを淹れ、さりげない景色をぼーっと。そして日が暮れたら映画や動画を。
この、車中泊の話を聞いた息子がポータブル電源をプレゼントしてくれたそうで、車中でできることが増えて快適なのだそう。
姉の口からポータブル電源なんて単語が出てくることに驚く。新しい世界を満喫しているんだなあ。
「一人で寂しくないの?怖くないの?」
「猫がいるから。それに、自分が今ここに生きてることが許されているような感じがして、癒されるんよ」
うれしそうだ。
60歳を超えてなお、新しいことへ躊躇なく駆け出すことのできる姉は、私にとって憧れのソロ活ねえちゃんだ。
その、ねえちゃん、今行きたいところは、東京。
都会に住もうとは思わないけど都会が好きだから、渋谷のスクランブル交差点が見下ろせるカフェで一日中人間観察がしたいという。
髪を切り終えて、この後どこかいくのかと聞かれたので、
「うーーん、海の市場でいりこを買ってから帰るかな。今日はまだ掃除もしてないし」と答えたら、
「せっかく佐伯まで来たのに、いりことか掃除とかほっといて、美味しいもの食べようとかドライブしようとか、ないん?」と。
苦笑いしながら店を出る私の背中に、「今を楽しまんと!」
閉まるドアのガチャリという音に重なるようにわずかの隙間から声が響いた。
*カシマトモミ